Masae Ohsugi
@ohsg1m
ソーシャルワーカー /人間思考の○✖︎クイズ化とアテンション・エコノミーに反対しています / AI学習不許可 / ヤジポイの会 / 札幌 山上徹也裁判 傍聴抽”戦”記(note)
前に読もうとして第1章で挫折した本を再び開いてるんだけど、今度は序章でもはや挫折しそう。自分の集中力と乱視の問題もあるのだけど、難しい。悪文ではないのだけど、文章の密度が濃くて、ぼんやり読んでると全然内容が頭に入ってこない。仕事の休憩時間とかに読むのは無理だなと思う。
ゴールデンウィークの連休に子どもと遊ぶためにゲームを買ってきた。なお、僕にはゴールデンウィークの連休などないし、うちには子どももいない。 (翻訳:ムカつく生活への憂さ晴らしとして自分のためにゲーム機を買ってきた)
札幌駅南口の反戦スタンディング。今まで見たことないぐらい多くの人が集まっていたのはすごいけど、クソ寒いしスピーカーの音量小さくて声聞こえないしで、なかなかきついものはあった。
江口大和『取調室のハシビロコウ』、めちゃ面白かった。弁護士として働いていた著者が、身に覚えのない証拠隠滅の共謀・教唆の容疑をかけられ、横浜地検の特別刑事部に逮捕された実体験を克明に記録した本。 「特別刑事部(特刑)」とはあまり聞き慣れない名前だと思うが、要するに検察の花形とされる「特捜部(特別捜査部)」の地方版。警察主導で捜査を行う通常の事件とは異なり、検察が独自捜査して立件するという特徴がある。
日本人が(悪い意味で)真面目だなと思うのは、国会前でデモする時に屋台とかが出ないことである。腹が減っては戦はできぬではないか。そして、楽しい闘いのほうが良いに決まってる。 (画像は2019年パリのメーデーの様子)
警視庁公安部内で宗教団体を監視するためのチームが結成されたのが93年。統一教会とオウムのウェイトが9:1というのは驚きだった。もっと早く警察が摘発に向けて動いていたら、山上家の崩壊はなかったかもしれない。
かなりの部分が知ってる内容だったのだけど、知らない話もちょこちょこあった。 特に新世事件の際に警察が統一教会に家宅捜索したものの、両者の関連が立証できなかった理由として「押収されたパソコンについて、米軍が使うような特殊なソフトを用いてデータが消去されていたため、復元できなかった」というのがやばい。 #未解決事件
とても残念、というかさみしい。 僕の裁判の勝訴判決を読んでくれたのも南部さんでした。自分が普段聞いている番組で自分のニュースが流れると感慨深いものがあったのを覚えています。焦らず療養に専念していただきたい。
「ヤジは表現の自由に当然含まれる」というのを、おそらく初めて示したのがヤジ排除裁判の札幌地裁判決なんですよ。まあ、本来論じるまでもない話なんだけど。 yajipoi.wordpress.com/2022/03/27/%...
高市早苗がこんな気温と豪雪の中で選挙戦や投票しないといけない地域のことについて、なんにも考えてないんだろうなってことだけはわかる。今日の札幌の最高気温、-4℃だぞ。
我が家で育てているサンセベリアの鉢。植物としては一株なんだけれども、根茎を通してどんどん幹が増えていく。これがドゥルーズ=ガタリの言うところの「リゾーム」の実物です。 それぞれ独立して存在しているように見える株が、実は地下において繋がりを持ち、関係している。「生成変化」概念を説明するキーワード。
新年早々、高市早苗の来歴をWikipediaで調べるという意味不明の活動をしている。 今のところ発見したよくわからないシーンは、2003年に落選した翌年に、ただの学部卒なのに近畿大学経済学部の教授として就職していること。 ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%...
官僚から事前に「実はこんな答弁書を用意してました」と内々で話があったかはわかりませんが、答弁書自体は適正な手続きを経れば取り寄せることは可能です。 自分もヤジ排除の件で警察庁宛に公文書の開示請求した際に、同様の文書が出てきました。
山上徹也の裁判傍聴のために奈良を訪れた著名なジャーナリストと話す機会があったのだが、山上事件をめぐる状況に関して、以下のように力説していたのが印象的だった。 いわく「今の日本のジャーナリズムでは山上事件の正当性・必然性にリーチする報道ができていない。検察はもちろん、弁護団としてもそこに対するアプローチが不十分で、山上は孤立無援だ」とのこと。 「起こるべくして起こった」という意味での「必然性」はともかく、銃撃の「正当性」を語るべきだというのは、かなりラディカルだと思った。
結局、ここ3日の山上裁判は抽選にかすりもせず(?)傍聴することはかなわなかった。とはいえ、実際に抽選に当たって傍聴できた人やジャーナリスト、その他様々な関心から傍聴に集った人たちから話を聞いたり、事件現場や裁判所前に足を運んだりすることで、だいぶ山上をめぐる出来事に近付けたような気もする。それは報道だけで知るのとは異なり、ずっと手触りのある話だ。
山上が安倍を銃撃した時の話って、警察庁の報告書でも山上の証言でも「自転車と台車が通り過ぎる際、警備の視線が逸れたタイミングで銃撃が起きた」って話になってるんだけど、この自転車と台車それぞれの人ってどういう気持ちで過ごしてるんだろう。 もちろんその人達には何一つ責任はない(そんな程度のもので手薄になる警備体制がそもそも終わってる)んだけど、こんな風に報道されてたら「自分のせいなんじゃないか」とか思わされそう。そんなことないのに。 安倍氏銃撃で目的は達成したのか 3度目の被告人質問、主なやり取り digital.asahi.com/articles/AST...
山上の証言の中でこの箇所は重要なように思われる。 山上の意識の中には「統一教会被害者を救う」ないしは「これ以上犠牲者を増やさない」という目的が強く存在し、そのために(必ずしも恨みのない)安倍を撃った。それは社会的な正しさや義務感であり、単なる「個人的な悩み」とは位相が異なるものだったのだろう。 朝日新聞 有料記事がプレゼントされました! (12月3日 19:49まで) digital.asahi.com/articles/AST...