こたろう
@kotaro-ryo
国内外の純文学と哲学、 それと少々の自然科学 本屋あるいはカフェに現れる 自称高等プレカリアート 永遠のリベラルアーツ 浮世離れした世界をあなたに 超朝型の虚弱体質 読書速度は約25p〜50p/dayの鈍行運転 元々は理系で学んでいました
このポテトチップスのケースは、まさに灰色の時代である現代の象徴のようにしか僕には見えない その灰は人々の心の色かも知れないし、あちこちの戦場で立ち昇る硝煙の色かもしれない だけどいつか再び色が着き、鮮やかな彩りのもとで皆が笑い合える日々が来ると信じているよ おやすみ
TOEICの勉強にかまけて、『ミドルマーチ』も『風の歌を聴け』もいまだ完読していないどん亀アカウントはこちらになります🐢 『ミドルマーチ』に至ってはまだ4巻中1巻というスピード感。はたして今年中に読めるのか!?
暑い中、9/27に試験を申し込んであるTOEICの勉強を淡々とこなす日々である。 たとえAI翻訳が全盛期を迎えていても、語学の重要性はあまり変わらないというのが僕の信条だ。いい脳トレにもなるし。 だけどここに来て皆さんの投稿を読むと、読書熱を再燃させることができる。 海外文学を読んでいらっしゃる方が多いのだが、その選書センスの秀逸さには、いつもながら驚く。 並行作業が苦手な僕だが、ここは少し勉強の手を休め、勘を取り戻すべく、30分間の読書から再開してみよう。新たな発見があればいいな。 (写真は先日明石で食べた玉子焼き(いわゆる明石焼き)。美味しく頂きました!)
東野圭吾さんが亡くなられた。僕は俄かではあるが、控えめに言って大ショックだ。 名作を次々と発表するエネルギーに溢れたお姿に、多大なる勇気を貰っていたことを思い出す。もはやそれも無くなったのである。 だけど、だからと言って挫け続けてはいけない。 東野さんの珠玉の作品たちはこれからも輝き続けるし、日本語で原著としてそれらを読めることに、今後僕らは感謝し続けるだろう。 東野さん、ありがとう。 どうか安らかにお眠りになってください。
ドストエフスキー『白痴』を読みはじめて少し経つが、早くも最後まで読めるか不安が射している。 4巻もあるから大変だが、ここは、前に無事購入できたエリオットの『ミドルマーチ』を読む方が賢明で、タイムリーかもしれない。 あの光文社古典新訳文庫だから、読みやすさは折り紙つきだろう。よし、今から読んでみようか。
TOEIC 665点とかいう、なんともビミョーなスコアを所持しているので、底上げしようとして英語の勉強をはじめている。現在10日目。 でも、これは主観的な意見だけど、TOEICの試験ってあまり英文が面白くないのよね、、ひたすらビジネスライクで。 もう少し楽しい英文ならガンガン勉強する気にもなるかもしれないけれど。 大学の頃に使っていた教養英語の教科書でも引っ張り出すかな。 とりあえず6ヶ月続けて、800点以上を目指します。
ジョージ・エリオットの『ミドルマーチ』が読みたいのだが、Amazonでは品切れで、しかもどこの本屋さんにも売っていないと来ている。 そこでかなり前に途中まで読んでいたドストエフスキーの『白痴』を読み直すことにした。 本はすべて読んでこそ、という美学を持っているため、また最初から読み直しだ。 訳というより原文のせいらしいが、少し読みにくいこの作品。だけど、今度こそ読み切ってみせるぞー!
刺身のツマのように、古典文学の間に現代小説を差し挟む読書スタイルをとっています。 今読んでいるのは有川浩『阪急電車』 阪急今津線が舞台です。 関東でいえば、ちょうど東急大井町線みたいなイメージの、ひっそりとした路線。 ここで繰り広げられる人間ドラマ。まだ序盤ですが、行間を読み取りながら読むのが楽しい本ですね。 各登場人物の言動の背後にある意味を、毎回詮索しつつ読むことが、これほど面白そうな本は他にはあまりない気がしています。 写真はその阪急の京都線の観光特急の一人掛け座席。 土日祝しか運用されてませんが、特別料金は不要なんです。阪急さん、太っ腹ですよね!
今日は実は僕の、年に一回の日なのです。そこで自分へのプレゼントとして鳥取砂丘に初めてやって来ました。 砂と灌木だけの茫漠とした大地の果てに、水平線が見え、紺青に澄んだ海と白銀の入道雲が映えています。 砂たちが織りなすこの素晴らしくも広大な眺望は、ともすれば狭くなりがちな僕の視野を拡げてくれます。 そこでは自分の悩み苦しみがいかに矮小なものかを思い知らされる心地さえしました。 この歳までここに来ていなかったことが悔やまれましたが、今はこの広漠とした砂丘を形作る砂たちに感謝しています。
『渚にて』 #読了 核戦争後、汚濁した放射能で徐々に滅びゆく人類と世界を描く。 70年前に書かれたポストアポカリプスものだが、時代を感じさせないどころか、その恐怖はさらに僕らの眼前に迫っている。 滅び去った街々が、一見普通の街と変わらないように描かれている。人や生物がいないことを除けば。それがかえって恐怖を助長している。 だが残された人びとは素晴らしい人ばかり。皆、誇り高い。やり残したことをしながら、いつも通りの生活を送り、厳かに死へのカウントダウンを迎える。 そこには静かな感動と命の共振があった。 「こんなにいい人たちが、なぜ死なねばならないのか」 ……戦争はあってはならない。
ネヴィル・シュート『渚にて』 #ネタバレ注意 のんびり読んで遂に9章までやってきた 核戦争終結後、緩慢に滅びゆく世界と、その内側で静かに死に向かう生き残りの人類を描く 農場の娘さんであるモイラ・ディヴィッドソンの、ドワイト・タワーズ大佐への決して叶わぬ、しかし芯の強い恋心がとかく美しい 人には誰しも、喩え実現しないと分かっていても、追わねばならない夢がある。タワーズはそんなモイラの恋心を真心で誠実に受け止めているように見える 長くてもあと数日で力尽きる彼らの命が、これから奏でるラストソングは、きっと気高い祈りに満ちたものになるはすだ 僕はそんな彼らの閉幕を、黙礼しながら静かに見守る
1. 青空での投稿のように、書きたいことを自由に書けとなると、途端に困ってしまう。 どうやら僕は『思考の整理学』でいうグライダー人間らしい。飛行機のように自由に空を飛ぶことができない。 2. 光文社古典新訳文庫の『純粋理性批判』の続き(3巻目)を読もうかと、緩慢に考えている。 分厚い解説込みで全部で7巻。1巻読むごとに長い休息期間を挟んできたが、そろそろ機が熟したようだ。元気なうちになんとか読み終えたい。
1. わが粗食。卵かけご飯は大正義だよね。 2. 地元の独立系ショッピングモールのジュンク堂に赴く。購買意欲が高まりすぎるが、やはり書店は良い。 「この本近いうちに読みたいな」と、読書意欲と向上心が限りなく刺戟される。 僕に関して言えば、この貴重な体験ができるのは、電子データではなく、実際の本がそこにあり、表紙や厚みをこの目で見ることのできる本屋や図書館に限られる。 電子書籍を読むと目と脳がギラギラ発火する人間にとっては、従来の本も残ってくれなければ困ってしまう。 幸い、北欧などの最も進んだ国々では、昔ながらの本の見直しが進んでいる。値上がりはしそうだが、今後もなくなることはないだろう。
昔に読んだ『思考の整理学』に、朝は発想力のゴールデンタイムみたいなことが書いてあったのだけど、それも個人差があるよね。 個人的には、寝る前の意識が朦朧としている時間帯が最も斬新な発想が湧いてくる気がしている。 でも、この本はなかなか良いこともたくさん言っていたことは事実。 散見される『最近の若いモンは、、』みたいな主語のでかい主張は華麗にスルーして、良いところだけを拾っていけば、それなりに実利のある読書が手軽にできるのではないだろうか。
『時間の終わりまで』という科学哲学的な本を読んでいた。5章の人間の意識に関する部分だ。 心も意識も何もかも、自然科学(特に物理法則)によって説明できうると言う話には、冷水を浴びせられる思いがしてしまう。 僕はアイコンから想像されるほどには、自分自身にフォーカスが当たっていない人間なので、ある意味ドライなところがある。 だけど、せめて人間の意識や心だけは、最後の温かい砦として残っていて欲しいと思うのだ。 元理系らしくないが、科学で全てを説明できるというのは末恐ろしいものを感じるのが本音である。
長く続いていた疲れやすい状態も、少しずつ収まってきたみたいだ。ここは読書をしてみるか。 人間は外部に触れることで創造のインスピレーションを得るものだ。その方法にも色々ある。 学校や大学で講義を受けたり、仕事をしたり人と話したり、ゲームをしたり映画を観たり音楽を聴いたり… そういうものから人は素材を得て、創造性を磨いていくものだ。 しかるに仙人みたいな生活をしていて、しかも慢性的な疲れやすさを抱えている僕には、読書は外部と繋がる数少ない媒体の一つであったりする。 皆さんもいい一日を。
FFの方に影響されて、この作品を静かに読むことにした。 破滅的なカタストロフィが終焉を迎え、緩やかにしかし穏やかに崩れゆく世界と人類を描く。滅亡に向かう定めの下、人はどのように考え行動するのだろうか。 SF作品というより、ある種の哲学・思弁小説に取り組むようなスタイルで読んでいきたい。
母がどこかから貰っていたシンビジウム。僕は定期的に水をやる係を勤めていた。そのタイミングが良かったのか、この度二年ぶりに花を咲かせてくれた。 綺麗な色の花弁ではないが、その様子はどこかエキゾチックで、南国の密林に自生している様を自ずと想起させる。 そこには思わず人に二度見させる魔力がある。
1. 写真はぼやけてるけどこれこそは正義や! 2. 芥川賞受賞作品・畠山丑雄『叫び』の続きを読む。 作中には所々荒削りな部分は見受けられるし、勢い余って暴走しがちな主人公は、部分的に著者の投影なのだろう。 だけど、時折出てくる巧みな比喩や的を突いた的確な心情の描写は、それこそ鐘の音のように静謐な余韻を残し続ける。 時間や空間を超える性質をもつ、いわゆる名作を生み出すことのできる御仁に化けそうな予感がする。今後追っていきたい作家さんの一人になりそうだ。
1. この高校物理の参考書が楽しい。 力学に苦手意識があった僕でさえ、貪欲に知識を吸収したい想いに駆られるほどなのだ。 100ページを過ぎ、遂に運動方程式に入るところだが、今はわからない問題はない。 ゆるいキャラクターたちが織りなす温かい物理の世界。彼らに最後まで付いていきたいと思わせられる魅力がある。 2. 市川沙央さんの『ハンチバック』の対談部分を読んでいる。そこには身体的に健康な人が、決して辿り着けない苦悩の足跡が赤裸々に刻まれている。 この痛烈な皮肉や苦しみの描写もまた、今の時代において尊重されなければいけない個性の発露に他ならない。 市川さんの、今後の表現活動に注目したい。
1. 鼻と喉の奥にイガイガとした違和感がある。今は熱はないが、風邪をひいてしまったようだ。。 フォロワーの皆さんの投稿を見ると、同じような方が数名いらっしゃる模様。 季節の変わり目。皆さん、体調管理にはご注意ください。 2. 汎神論(阪神論じゃないよ)こそわが教義だと、昔から思っている僕。 読んでいる本が複数あるから、今は無理だけど、それらが片付いたら、理論的背景を強化するためスピノザに挑戦してみたい。 3. 『ハンチバック』の本編を読んだ。まだ上手くは言えないが色々考えさせられる小説だった。 このモヤモヤした感情を結晶化させるために、レビューは明日以降に書くことにしよう。
この高校物理の参考書が素晴らしい。 僕は物理、特に力学における、即物的・合理的な雰囲気が苦手だった。 だけどこの参考書は物体をキャラクターに置き換えたりして、その冷たさに温度を吹き込むことに成功している。結果、非常におもしろい。 小説と並行して、例の『時間の終わりまで』を読む中で 「量子力学や相対論を学び直し、宇宙とこの時空の深遠に迫りたい!」と思ったのだった。これはその矢先に購入した本だ。 このシリーズを片手に、学び直しのレベルでもいいから、再び宇宙の神秘に迫ってみたい。
今日は都庁展望室に登り、小田急ロマンスカーで江ノ島まで行って散策。そして東京に帰ったらかつて在籍していた大学の敷地を歩いてみようと計画している。 僕にとって、エネルギーのもらえる場所巡りというわけだ。 明日はぼんやりと秋葉原のスタバで、帰りの新幹線まで時間を潰すことを考えていた。 だが、ふと多摩霊園に三島由紀夫のお墓を見に行こうかと思い始めた。 そういえば最近彼の『宴のあと』を読んだのだった。それを手土産に、しばし三島さんの霊と語らい合うのも静謐な時間かもしれない。
小諸そばの温かいかき揚げそば。 コシの効いた麺にサクサクのかき揚げ、新鮮な春菊とこれまた新鮮なネギ(トッピングし放題)、そして濃厚な関東風かつおだし。しかもこのボリュームで540円! 全部の要素がたまらなく好きなんですよね。僕は年一回ここの蕎麦をたらふく食べに来るために生きている、と言っても過言ではありません。。
前々から予定していた東京と湘南方面に、久しぶりに行くことになりました。 なんというか、関東平野が広いせいか、都市部が広大なせいかはわかりませんが、関東に行くとエネルギーやインスピレーションが貰えるんですよね。 やれやれ、また新幹線か(歓喜)