GrimoireBook
@grimoirebook
感覚統合のデッサン
最終巻第七巻はバフチンの真骨頂カーニヴァル論の集大成です。民衆の祝祭的笑いの文化に社会の動力を見出して、あたかもエネルギー論であるかのように変換され潜在力を蓄えていく。この精緻なラブレー論は名著の極みとも言えるでしょう。『フランソワ・ラブレーの作品と中世・ルネサンスの民衆文化』。
第五巻は私が個人的に推している『小説における時間と時空間の諸形式』を収録。時代と共に変化していく文学の時空間スタイルを諸タイプとして分析して、その各々の固有さが小説にジャンルを発生させていると言う目覚ましい論文です。これはぜひ一読くださいませ。1930年以降バフチンは真の哲学者です。
そして第四巻が今回再始動した新刊です。詩的モノローグではなく対話の中に、他者の言語と共振しながら交換しあいつつ生成されていく『小説の言葉』が論じられます。また人文科学の方法論を検討した『人文科学方法論ノート』も目覚ましい視点を有しています。ラブレーについての試論も1930年代で登場。
かつて日本の論壇や作家たちの間でバフチンは重要役割をもっていました。彼には大きく三つの思考軸がありました。カーニバル論・ポリフォニー論・アーキテクトニクス(結構)論です。山口昌男による圧倒的な展開によって大江健三郎や柄谷行人にもそれらは大いに導入接続されてバフチンは必読書でした。 第一巻はバフチンの全著作の予告編とも言えるような『行為の哲学』『美的活動における作者と主人公』を収録。バフチンの術語は時代と共に変化しても、先述の三つの思考軸にはぶれがなく、既に1920年代にその全体像が提示されデッサンされているのです。これは驚くべきことで、第一巻には全てがあります。
【新刊】19年ぶりに再始動した『ミハイル・バフチン全著作』(水声社)をご紹介します。遂に第四巻が刊行されました。再始動にあたり全巻構成に若干修正がありました。どうやら別巻の書簡資料集を割愛して、残る二冊を加え、全七巻の本編の完成を目指してくださるようです。一冊づつご案内します。
【展覧会】北海道にしばらく滞在していましたので、観たかったウポポイの『アイヌ民族と博覧会』を訪ねました。日本が参加したり企画した150年の博覧会の歴史の中で、アイヌ民族はどのように扱われたのか、その文物や神謡も含めて紹介するもので見応えあったのですが図録を買うときに、また関連書籍に目がいき不回避で荷物を増やしました…なお『アイヌ民族と博覧会』はこの後千葉の佐倉・国立歴史民族博物館に会場を移して10月から開催されます。
H・G・ウェルズはこの本には批判的だったようです。ラブクラフトは彼の恐怖のスイッチを押してしまったようでした。現象本ですから反応は様々です。ただ今は、あの世にいる古本屋の爺さんが、この美しい本を手に取った時どんな顔をするだろうかと、そんなことを考えています。出版してくれてありがとう。 『呪われし者の書』 チャールズ・H・フォート 著 南山宏 訳 国書刊行会
意味が生成される表皮、その連結していくセリー。ここには意識はない。ここは効果を発生させる場所であり、意識とは無縁である。ではこの表皮が包み込むものが意識なのだろうか。そうであるとも言えるしそうではないとも言える。なぜなら意識はこの包まれた無意識の裏返しに現出するからである。 ここでは意識せずとも受動的に様々な要素が結びつき受動的綜合を行っているのだがまだ対象は現れていない。そして意識も現出していない。ところが受動的綜合が能動的綜合と合致した瞬間、初めて意味の表皮から外へ現出する。これと同時に意識が効果として出現するのである。
【新刊】暗雲が渦巻く空を見上げるとき、私たちは稲妻という対象を認知していないが、今まさに光らんとする場所に目掛けて注意を向けている。これを可能にしているのがフッサールの受動的綜合である。ドゥルーズならこれを暗き先駆性と呼んだ。二人は共に意味を言語から解放して感受する認知から捉えた。フッサールはこれを可能にするために予期する超越論的主観をおいたが、ドゥルーズはただ意味を生成する場を開いたのだった。二人が押し開いた意味生成の場は限りない思考の可能性を示している。遂にフッサールのその全貌が完訳によって我々にもたらされた。
ひとまず翻訳が素晴らしかった。螺旋のように繰り返すハーマンの文体が、ちゃんとリズムを持って動いている。頭が整理されていくような明晰さ。小嶋さんと飯盛さんのカップリングがよかったのだろう。内容については言わずもがな。〈人間〉と言う概念なしでできる限り論じ尽くそうとする。もう一度読む
【注目の文庫】驚きました。これが文庫で読めるなんて。しかも明治37年の出版物ですから現代語に移して登場です。読める読めるぞ…神話学誕生前夜、柳田の盟友でもある若き研究者高木敏雄がミュラーやラングを読んで日本神話に切り込んだ『比較神話学』。黎明期だから批判も多いですが滅法面白い。 『現代語訳 比較神話学 勇者 女神 怪物』 高木敏雄 著 松村一男 訳・解説 角川ソフィア文庫
物理的認識論から生理主体的認識論へと展開したと言う〈ニュートンからゲーテへ〉のよく知られた仮想史は覆される。ニュートンも生理学的光学実験を行なっていたし、ゲーテの論じる〈生理学〉は私達が考えるものとは大きく違っていた。 尚且つ歴史的背景も描かれる。『色彩論』において彩色付きの図版は大切な物だがこの彩色こそ技芸であり、この制作の過程で『色彩論』の根幹が強化される。染織職人達のように色彩の法則は経験的に体得されていたのだ。そしてこれはまたニュートンが近接した光学の量的な操作性にも開け放たれている。
【新刊】今年の折り返し地点で大変な名著に出会ってしまった。まるでフーコーのテキストを読んでいるような徹底した歴史的実証と哲学的思惟がピッタリ歩調を合わせて展開。ニュートンの『光学』とゲーテの『色彩論』は対決する書ではなく相互補完的に機能する。それぞれの観点が裏返され一つに結ばれる。 本書が類書を凌駕する点は、『光学』と『色彩論』に登場する図像のおそるべき解析にある。二冊ともに図像は論旨理解を補う存在ではなく〈思惟そのもの〉、言葉の限界まで拡張され我々に、真理へのイメージを生成させ続ける。それは観念的な物ではなく数量や角度や面積、色彩対照や図形の運動性である。
【改訳決定版】早速通読して旧版とどのように違うのか引き比べてみた。結論から言うとこれは旧版所有者も買い替える価値のあるもので、初見の方はこの機会に是非入手していただきたい。古代から引用の歴史を辿り〈書く〉ことを問い直すのが本書である。まず多数の引用図があるが、新版は文脈に同期した。たとえば11章の参照図が12章に挟まれたりはしないし、論旨をまとめる図は文脈に合わせて文の上に組み込まれたりしている。そして図版はよりクリアで、図表は見やすい工夫が凝らされている。
ずっと買えなくて嘆いていたら親切な人にお譲りいただいてついにマックスミュラーの『比較宗教学の誕生』が入手できました。残るはフリードリヒ・ハイラーの『祈り』だけでございます。どなたか「さあこれを入れてコンプリートしたまえ!」とお譲りいただける方、お声がけくださいませ。詐欺はやめてちょ!
聞いてくださった方ありがとうございました。楽しいライブが終わったので、家が狭いのでまた近くの書庫まで運ばないと…若い時から一冊づつ買い揃えていって一冊づつグラシン紙掛け直して『世界幻想文学大系』は宝物だよ。
【KOKUSYO LOVERS@哲学の劇場】 印刷屋さんだった佐藤今朝夫さんが、梁山泊のような癖のある辣腕編集人達を集めて出版界に革命を起こしました。大量に売れないかもしれないが一生添い遂げるような書物を送り出すこと。私もその書物にたくさん助けられました。山本さんと吉川さんが運営するYouTube 〈哲学の劇場〉で佐藤さんの追悼を込めてライブが来たる6/23(火)22:00〜開催されます。 きっと国書刊行会を愛する方は沢山いらっしゃるでしょう。私は友達があまりいないので本が友人でした。創始者ご供養に皆様の声を集めます。火曜日の夜ですがお時間をいただければ幸いです。ご気軽にご参加ください。
東京駅近くにあった私の苦手な相田みつを美術館は閉館して久しいのですが、壁に残された配線跡がインスタレーションのようでしばし鑑賞してしまいました。写真撮ってたら観光客が集まってきたのでそっと逃げましたw
フォイエルバッハ『論理学形而上学序論講義』を注文する際に同じところから笠井叡さんの『金鱗の無を取り置く術 大石凝真素美『真訓古事記』備忘録』が復刊されていることをウラゲツさんに教えていただき入手した。ずっと入手困難の書。私は『天使論』で初めて笠井叡さんを知って心酔したものでした。 江戸時代の国学者・大石凝真素美(おおいしごり ますみ)の古事記研究を通じて、神智学に傾倒していた笠井叡が、どのようにして肉体的な言語が生成されるか大胆な仮説を展開する大著です。もし共感覚の現在の研究に出会っていたらさらに議論は深まっていたかもしれません。言語発生とは。
ハリースミス講義録は頁の構成と〈…〉の多様でドグラマグラっぽい風味が醸されていて面白い。講義資料として配布されたものが全部で100頁ぐらい収録されてるのが凄すぎて。